事案の概要
某マンション管理組合は、問題発覚まで自主管理であったのですが、会計担当理事によって、組合の預金をおよそ9年間約200回にわたり着服横領され、その金額は5000万円になったとして、その当時の組合役員であった理事長、副理事長及び会計監査担当理事に対して善管注意義務違反を根拠に賠償請求を求めました。
(尚、この事件はマンション管理新聞に平成28年1月15日付分に掲載され、判例時報では2274号にも掲載されています。)
本ブログでは、この判例解説をするつもりはありません。
この事件を通して感じるものを伝えたいと思います。
裁判所の判断
東京地方裁判所は、理事長と会計監査担当理事に対して、請求額の約1割の支払いを命じ、副理事長の責任は認めませんでした。
控訴したのですが、東京高裁も地裁の判断を支持しました。
裁判所が理事長と会計監査担当理事の責任を認めて、副理事長の責任は認めませんでしたので、以下においてそうした異なる結論になった理由と今回の事件についての感想を述べてみます。
「法的なこと」
理事長について
規約によると、理事長は組合を代表して組合業務を統括し、その職務に関し区分所有者を代理することとされ、毎年経費に関する計算書を作成し、会員に報告しなければならないとされている。
(尚、現行標準規約では、区分所有法に定める管理者とする条項がある。)
副理事長について
規約では、理事長を補佐し、理事長に事故があるときは、その職務を代行することとされている
会計監査理事について
規約において前年度の収支決算報告書の確認、点検及びこれについての定期総会での報告が職務とされています。
以上の義務を前提とし、裁判所は会計監査理事が通帳確認を怠ったことを重視して責任を認め、統括責任者としての理事長の責任も認めました。
副理事長には、会計事務についての具体的な職務が無いことから責任は無いとしました。
理事は組合に対して規約の定めに基づいて法的義務を負うこととなります。
そして、その責任は民法の委任規定に由来することになると考えます。
理事となればその職責が生じるということです。
ここまでの話をまとめますと、組合で横領事件が発生した場合には、横領を阻止ないし拡大を防ぐことができたのにできなかった責任を理事長ないし理事に追及できるのかと考えることは間違いではないということです。
理事長や会計担当理事の責任は重いものになりますね。
この事件から見えてくるもの
私はこれまで理事長は会社の代表者ではないので勝手に色んなことを決定して実行できないですよ、理事長は総会や理事会で決められたことを執行するだけですから、大きな権限を持っていませんと言ってきました。
その考え方は変わりませんが、理事長らの責任については余り考えていなかったな、と反省しています。その理由として金銭の横領は理事長が犯人であることがほとんどでしたから他の理事の責任追及はあまり考えなかったのです。
理事長に対して賠償請求が起こるなんてことはひと昔前まではそんなに無かったことですから。
さて、この裁判の影響について、あれこれ考えてみるのですが、
一つは、理事長は大変だと言うことです。
前記のように、理事長には具体的な職務が定められています。理事は理事会を構成し、管理組合の業務を担当すると定めていて別途担当が決められていますが、。これと言って責任が生じるような職務はないと思います。
そうすると、理事長の責任は他の理事と比べると際立っています。
このような責任を負うことが分かっていて理事長に就任する人がいるのでしょうか。
二つは、理事長に責任があるのだからと言って、理事長の裁量で色々なことが実行できるものではありませんが、ついつい独断専行してしまう人が増えてくるのではないでしょうか。
三つはこの裁判では請求の1割を認め、9割は組合全体の責任であるという判断を示しています。これは大いに救いだと思います。その理由はよくある多くの区分所有者は無関心であり特定の区分所有者が長く理事を務めていたことなどをあげています。
私としては、理事長の責務とすれば、総会とか理事会で決定したことを執行することで、善管注意義務があるということに尽きるという考え方をしてはどうかと思います。
横領とか組合にとって負債を発生させることについて責任を取るのは、その人間だと考えられないでしょうか。
輪番制で理事が選任されて、その中から理事長が選任されるという仕組みの中で選ばれた理事長に重い法的責任が及ぶということになることに違和感を覚えるのです。
以上